【抗リン脂質抗体症候群:APS】診断と治療、日常生活で気をつけるポイントを血液専門医がわかりやすく解説

抗リン脂質抗体症候群(APS)とは、自己抗体が原因で血栓症を繰り返す自己免疫疾患です。APSの血栓症は、静脈と動脈の血栓症と習慣性流産などの妊娠合併症に分かれます。診断は、血栓症もしくは妊娠合併症の確認と血液検査で行います。治療の目標は、薬を使って血栓や妊娠合併症を予防することです。

何回か流産したので、詳しく調べてもらったら抗リン脂質抗体症候群と診断されました。
抗リン脂質抗体症候群って、どんな病気ですか?

抗リン脂質抗体症候群は、血が固まりやすくなる膠原病の一つです。
流産を起こしやすいのも特徴です。

抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid antibody syndrome:APS)とは、抗リン脂質抗体という自己抗体が原因で習慣流産などの妊娠合併症や動脈や静脈の血栓症(血のかたまり)を繰り返す病気です。

この記事を読めば、抗リン脂質抗体症候群の診断や治療予防日常生活で気をつけるポイントなどがわかると思います。

この記事のまとめ
  • 抗リン脂質抗体症候群(APS)とは、自己抗体が原因で血栓症を繰り返す自己免疫疾患です。
  • APSの血栓症は、静脈と動脈の血栓症習慣性流産などの妊娠合併症に分かれます。
  • APSの診断は、血栓症もしくは妊娠合併症の確認血液検査で行います。
  • APSの治療の目標は、薬を内服しながら血栓や妊娠合併症を予防することです。
目次

1. 抗リン脂質抗体症候群(APS)ってどんな病気?

抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid antibody syndrome:APS)とは、抗リン脂質抗体という自己抗体が原因で習慣流産などの妊娠合併症や動脈や静脈の血栓症(血のかたまり)を繰り返す病気です。

APSには以下の特徴があります。

  • 推定患者数(日本) 1〜2万人
  • 若い女性に多い
    • 平均発症年齢 30〜40歳前後
    • 男女比=1:5
  • 約半数が全身性エリテマトーデスに合併

2. APSの症状

APSは、全身のどの血管でも血栓症をおこす可能性があります。また、再発率が高いことが特徴です。

血栓症は、① 静脈の血栓症② 動脈の血栓症③ 妊娠合併症に分かれます。

2-1. 静脈の血栓症 

静脈は、血液が全身の臓器から心臓に戻っていくときに通る血管です。

静脈の血栓症としては、深部静脈血栓症が最も多く、足の静脈がうっ滞することによって足がむくみます。また、下肢の静脈の血栓が剥がれて、血流に乗って肺まで到達すると肺塞栓症を生じ、急に呼吸が苦しくなったり旨が痛くなるなどの症状がおこります。

APSの主な静脈の血栓症
  • 深部静脈血栓症
    • 足の浮腫みや痛みなど
  • 肝静脈血栓によるBudd-Chiari症候群
    • 腹痛、嘔吐、腹水など
  • 腎静脈血栓症
    • 背中や腰の痛み、血尿など
  • 副腎静脈血栓症
    • 疲れやすい、食欲不振、低血圧など
  • 網膜中心静脈血栓症
    • ものが見えにくい

2-2. 動脈の血栓症 

動脈は、血液が心臓から全身の臓器に向かうときに通る血管です。

動脈の血栓症のほとんどが、脳梗塞などの脳血管障害で90%以上を占めます。次に多いのは、心筋梗塞などの虚血性心疾患です。動脈の血栓症は、静脈の血栓症より頻度は低いといわれています。

APSの主な動脈の血栓症
  • 脳血管障害(脳梗塞、一過性脳虚血発作)
    • 手足が動かしづらい、しゃべりにくいなど
  • 虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)
    • 胸が痛い、締め付けられるなど
  • 腎梗塞
    • 背中や腰の痛み、血尿など
  • 末梢動脈疾患
    • 足が痛い、足の色が紫色になるなど
  • 網膜中心動脈血栓症
    • ものが見えにくい

2-3. 妊娠合併症

健康な妊婦さんでは、妊娠したことのある女性の約40%が「流産」を経験し、妊娠するも流産や死産を繰り返す「不育症」は4.2%、3回以上連続する「習慣流産」は0.9%、といわれています。

APSの妊婦さんでは、妊娠中に流産や早産を繰り返すことがあります。APSの妊婦さんの流産の原因は、赤ちゃんの成長に必要な「胎盤」に血栓ができてしまうことで、胎盤がうまく働かなくなるからです。
通常の流産が妊娠初期に多いのに対し、APSの流産は妊娠中期~後期に多いという特徴があります。

また、APSの妊婦さんにも妊娠高血圧症候群、子癇、HELLP症候群などを合併することがあります。

2-4. その他

APSの診断基準に含まれていませんが、他にもいろいろな症状を起こすことがあります。

皮疹

主に下肢の血管に網の目状に浮き上がるリベド様皮疹(網状皮斑)がみられます。

血小板減少

APSの約20~40%に、5〜10万 /μL程度の軽度の血小板減少をおこすことがあります。

血小板数<2万 /μL以下の場合は、他の病気の合併を考えます。

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心弁膜症

APSの約30~80%に心臓の弁の異常がみられます。僧帽弁に多く、次に大動脈弁にみられます。

弁膜症によって血栓ができ、脳梗塞の原因になります。

劇症型APS

感染症や手術、抗凝固薬の中止などをきっかけに、全身に血栓症ができることで多臓器不全をおこすことがあります。APSの1%以下と発症頻度は少ないですが、約半数が亡くなってしまう、とても怖い病態です。

3. APSの診断

3-1. 診断基準

APSは、「血栓症もしくは妊娠合併症を確認した上で、抗リン脂質抗体(anti phospholipid antibody:aPL)を2回以上認める」場合に診断します。

APSは指定難病のため、重症度に照らした上で医療助成の対象となることがあります。また、SLEの合併も多く、SLEで医療助成の対象となることもあります。

 抗リン脂質抗体とは 

  1. ループスアンチコアグラント(LAC)
    • 希釈ラッセル蛇毒(じゃどく)時間法(dRVVT)とリン脂質中和法の2種類の検査法がある
    • ヘパリンや抗凝固薬使用中は判定困難
  2. 抗カルジオリピン抗体(aCL)
  3. 抗β2グリコプロテインⅠ抗体(aβ2GPⅠ)もしくは抗カルジオリピン-β2GPⅠ複合体(aCL-β2GPⅠ)
    • aCLと比べてAPSに対する特異性が高い
抗リン脂質抗体の陽性率
健常者
 aCLの低力価陽性10%
 中〜高力価aCL/aCL-β2GPⅠ、LAC陽性1%
習慣流産20%
50歳以下の脳血管障害例17%
全身性エリテマトーデス40%
 全身性エリテマトーデスでAPS発症40%
抗リン脂質抗体の陽性率
抗リン脂質抗体症候群の診断基準(2016年 Sydney revised Sapporo criteria)

【少なくとも臨床所見1つ検査所見1つで診断】

  • 臨床所見
    1. 血栓症
      • 画像検査や病理検査で確認できる血栓症
    2. 妊娠合併症
      • 妊娠10週以降の奇形のない子宮内胎児死亡
      • 妊娠高血圧もしくは胎盤機能不全による妊娠34週以前の早産
      • 3回以上つづけての妊娠10週以前の流産(母体の解剖学異常、内分泌異常、父母の染色体異常を除く)
  • 検査基準
    1. ループスアンチコアグラント(LAC)が12週以上の間隔をおいて2回以上陽性
    2. 中等度以上の力価(40GPLまたはMPL以上、あるいは99%タイル以上)のIgGあるいはIgM型抗カルジオリピン抗体が12週以上の間隔をおいて2回以上陽性
    3. 中等度以上の力価(99%タイル以上)のIgGあるいはIgM型抗β2-GP1抗体(もしくは抗カルジオリピンβ2-GPI複合体抗体)が12週以上の間隔をおいて2回以上陽性

3-2. 画像検査

診断時には、頭部MRIで脳梗塞造影CTで肺塞栓症のチェックが推奨されてます。

4. APSの治療

APSの治療は、血栓症の予防と治療に分けられます。

さらに血栓症の予防には、血栓症を発症しないようにする一次予防一度発症してしまった血栓症を再び起こさないようにする二次予防に分けられます。ここでは、欧州リウマチ学会(EULAR)の推奨を参考に、「予防」について解説します。

急性期の血栓症の治療に関しては、一般的な治療と同じなのでここでは省きます。

APSの血栓予防に使われる薬
  • アスピリン®︎(アスピリン)
    • 抗血小板薬
    • 作用 … 「血小板」の働きを抑えて、血をサラサラにする
    • アスピリンの添付文書には、妊娠28週以降の使用は動脈管早期閉鎖や子宮収縮抑制、腹壁破裂のリスクの報告がありますが、因果関係は証明されていません。アスピリンの中止時期については、産婦人科の先生とよく相談して決めています。
  • ワーファリン®︎(ワルファリンカリウム) 
    • 抗凝固薬
    • 作用 … 「凝固因子」がかさぶたを作る過程で必要となる、「ビタミンK」の働きを抑えて、血をサラサラにする
    • 注意 … ワーファリンは胎児に影響が出るため、妊娠中は使うことができません。
  • ヘパリンカルシウム皮下注®︎
    • 抗凝固薬
    • 血が固まるのを抑える「アンチトロンビン」と結合し活性化させることで、血をサラサラにする
    • ヘパリンは胎盤を通過しないため、妊娠中も安全に使うことができます。

4-1. 一次予防

一次予防とは、まだ血栓症を発症していないけれど、これから発症しないように予防することです。

以下に当てはまる方は、一次予防として低用量アスピリンの内服が推奨されてます。

APSの一次予防の適応
  1. 血栓症のリスクが高い
    • ループスアンチコアグラントが陽性
    • 複数の抗リン脂質抗体が陽性
    • 抗リン脂質抗体が高力価
  2. 全身性エリテマトーデスの合併
  3. APSによる妊娠合併症を発症したことのある、妊娠していない女性

4-2. 二次予防

二次予防とは、一度発症してしまった血栓症を再び起こさないようにすることです。

二次予防は静脈血栓症、動脈血栓症、妊娠合併症に分けて考えます。

① 静脈血栓症

APSの診断で静脈血栓症を発症したことがある場合は、ワーファリンの内服が推奨されます。

ワーファリンの効き具合はPT-INRという検査項目で確認します。目標INRは「2〜3」です。

適切な治療にもかかわらず静脈血栓症を繰り返す場合は、低用量アスピリンの追加、INR=3~4へ治療強化、または低分子量ヘパリンへの切り替えが考慮されます。

② 動脈血栓症

APSの診断で動脈血栓症を発症したことがある場合は、ワーファリンの内服が推奨されます。目標INRは「2〜3」または「3〜4」です。目標INR=2〜3の場合は、低用量アスピリンの併用も検討されます。

適切な治療にもかかわらず動脈血栓症を繰り返す場合は、低用量アスピリンの追加、INR=3~4へ治療強化、または低分子量ヘパリンへの切り替えが考慮されます。

③ 妊娠合併症

APSによる妊娠合併症を発症したことのある妊婦さんには、低用量アスピリンとヘパリン予防量(10000単位/日)の併用が推奨されます。

妊娠合併症を繰り返す場合は、ヘパリンを治療量(12000〜20000単位/日)へ増量、プラケニル®︎(ヒドロキシクロロキン)の追加、または妊娠第1三半期(最初の13週6日)にプレドニゾロン低用量の追加が考慮されます。

5. 日常生活で気をつけること

APSの血栓症の予防には、薬の内服以外にも、日常生活で気をつけるポイントがあります。

些細なことでも気になることは主治医の先生とよく相談し、病気と上手に付き合っていきましょう。

  • こまめに水分を摂取しましょう。
    • 脱水状態は血栓ができやすくなります。
  • タバコはやめましょう
    • 喫煙は血栓のリスクを4倍高くすると報告されています。
  • 適度な運動とバランスのいい食事を心がけましょう。
    • 高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満などの生活習慣の見直しを行いましょう。
  • ピルや閉経後のホルモン補充療法はさけましょう
    • 深部静脈血栓のリスクが高くなると報告されています。
  • 飛行機に乗るときは機内で足を定期的に動かしましょう
    • エコノミークラス症候群に注意が必要です。
  • 血栓症を疑う症状が出た際はすぐに病院を受診しましょう。
    • 脳梗塞 … 手足が動かしづらい、呂律が回らない、口角が下がる
    • 心筋梗塞 … 胸が締め付けられるような痛み
    • 下肢静脈血栓 … 片方の足のむくみと痛み

参考文献


最後まで読んでいただきありがとうございました!リウマチや血液の病気などの別の記事も参考にしていただけると幸いです。お疲れ様でした。

つか
医師・医学博士。
専門はリウマチ膠原病内科と血液内科です。
これまで大学病院や訪問診療で、関節リウマチと血液疾患の患者さんの診断・治療・自宅療養のサポートをして参りました。
リウマチと血液疾患で悩む患者さんに、笑顔と安心を届けることが私の使命と考えています。
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