【特発性血小板減少性紫斑病と妊娠】血液専門医がITP合併妊娠の治療と日常生活で気をつけるポイントをわかりやすく解説

ITPの患者さんの約半数は妊娠中に血小板の減少を認めます。妊娠中に血小板が減少した場合、赤ちゃんに影響の少ない副腎皮質ステロイドや免疫グロブリン大量療法で治療します。治療開始の血小板数の基準は妊娠中<2〜3万 /μL、自然分娩時<5万 /μL、出産時<8万 /μLです。生まれてくる赤ちゃんにも血小板減少が起こりえます。

私もそろそろ妊娠を考えています。
特発性血小板減少性紫斑病の治療中なんだけど大丈夫かな。

ITPの治療中でも妊娠・出産を経験された方はたくさんいますよ。
安心してください。

特発性血小板減少性紫斑病(Idiopathic Thrombocytopenic Purpura:ITP)は、はっきりとした原因がわからずに血小板が10万/μL以下に減少し紫斑などの出血をおこす病気です。まちがえて血小板に対する抗体(抗血小板抗体)が作られ、血小板が壊れてしまいます

ITPは、妊娠や出産が可能な20〜40歳代の女性に発症することが多い病気です。病状が落ち着いていれば妊娠や出産は十分可能ですが、妊娠や出産に伴う合併症のリスクは少なからず伴います。

この記事を読めば、ITPの妊娠で起こりうることや妊娠・出産中のITPの治療、日常生活で気をつけるポイントなどがわかると思います。

この記事のまとめ
  • ITPの妊婦さんでは、約半数が妊娠中に血小板の減少を認めます。
  • 妊娠中に血小板が減少した場合、赤ちゃんに影響の少ない副腎皮質ステロイドや免疫グロブリン大量療法で治療します。
  • 血小板数の治療開始基準は妊娠中<2〜3万 /μL、自然分娩<5万 /μL、帝王切開<8万 /μLです。
  • 生まれてくる赤ちゃんにも血小板減少が起こりうるので、注意が必要です。
目次

1. 妊娠による血液の変化

通常、妊娠するとカラダは出産に備えて、さまざまな変化がおこります。もちろん血小板の数も変化します。

1-1. 血小板の減少

妊娠による血液量の増加や血小板の消費によって、血小板は妊娠が進むにつれ減少していきます。出産時の血小板は、妊娠前より約20%程減少すると報告されています。

また、妊婦さんの約10%で血小板数が15万 /μLを下回りますが、多くは治療の必要のない妊娠性血小板減少症というものです。

他にも妊娠高血圧腎症 、HELLP症候群などによって血小板が減少することもあります。

1-2. 凝固能の亢進

出産時は、子宮から胎盤がはがれるため出血します。出産による出血にそなえるため、妊婦さんは血を固めるチカラ(凝固能)が高まっています。血栓ができやすい状態ともいえます。

2. ITP合併妊娠で気をつけること

ITPの妊婦さんでは、以下の事が起こる可能性があります。妊娠について家族や主治医の先生とよく話し合い、ゆっくり考えましょう。

ITPの妊婦さんに起こりうること

  • ITPの妊婦さんの約半数は、妊娠が進むにつれ血小板減少が進行し、中には治療が必要なる場合もあります。
  • まれですが、お母さんと赤ちゃんに重篤な出血がおこる可能性があります。
  • ITP治療で使うステロイドは、高血圧症、糖尿病、脂質異常症など合併症を引き起こす可能性があります。
  • 抗リン脂質抗体陽性のITPの妊婦さんは、早産や流産の可能性があります。
抗リン脂質抗体(antiphospolipid antibodies:aPL)ってなに?

抗リン脂質抗体とは、血栓が出来やすくなる抗リン脂質抗体症候群に認められる自己抗体です。抗リン脂質抗体には、ループスアンチコアグラント抗カルジオリピン抗体抗カルジオリピンβ2GP1複合体抗体があります。

ITPの患者さんでは、約40%に抗リン脂質抗体が認められると報告されています。

3. 妊娠前の確認

以下の場合は妊娠の前に、治療を優先した方が良いでしょう。治療によって状態が安定したら、妊娠を考えます。

妊娠の前に治療が優先される場合

  1. 治療にもかかわらず、血小板数<2〜3 万/μLで出血のコントロールが難しい場合
    • ITPの状態が落ち着いてない場合は、妊娠前にITPの治療が優先した方が良い
    • プレドニゾロンで10〜15mg/日以下に減量した状態で妊娠することが望ましい
    • ステロイドや免疫グロブリン大量療法で血小板が安定しない場合、妊娠前に計画的に脾摘やリツキシマブの投与なども検討
  2. 糖尿病、高血圧症、脂質異常症、腎疾患、膠原病などの病気が不安定
    • ITPの治療で使う副腎皮質ステロイドは糖尿病や高血圧、脂質異常症などの持病を悪化させうる
  3. 流産や血栓症を起こしたことがある
    • 流産や血栓を起こしやすい、抗リン脂質抗体が認められるかもしれません。その場合は、血栓の予防を検討します。
  4. レボレード®︎やロミプレート®︎など、赤ちゃんに影響する可能性のある薬を使用している
    • 妊娠中に安全に使える薬は、副腎皮質ステロイドと免疫グロブリンだけです。
脾摘とは
  • 脾臓は抗血小板抗体がくっついた血小板が壊される場所であるため、脾臓を手術で取りのぞく(脾摘)と血小板の回復がみられます。
  • 有効率 … 約80%と高く、約60%で治癒が期待できます。
  • 効果 … 術後1~24日で血小板がふえます。
  • 副作用 … 手術の合併症、血栓症、生涯にわたる肺炎球菌、髄膜炎菌、インフルエンザ菌などの感染症のリスク

4. 妊娠中、出産時のITP治療

ITPの妊婦さんの血小板数の目標は、以下の通りです。

ITP合併妊婦さんの血小板数の目標
  1. 妊娠中 … 2〜3万 /μL以上
  2. 出産時
    • 自然分娩 … 5万 /μL以上
    • 帝王切開 … 8万 /μL以上

4-1. 妊娠中 

① 治療の目標

妊婦中は血液を固める力が高まっており、出血することは多くありません。そのため、血小板は妊娠していない時と同じで、2〜3万 /μL以上あれば問題ありません。

妊娠が進むにつれて血小板が下がることもあるので、2〜3万/μLを下回る時は治療を始める、もしくは治療を強化します。

② 治療法

妊娠中の治療は、赤ちゃんに奇形などの影響のない副腎皮質ステロイドと免疫グロブリン大量療法に限られます。

副腎皮質ステロイドの種類は胎盤通過性の低い、プレドニゾロンが使われます。

プレドニゾロン®︎(プレドニン)
  • ITPの患者さんのカラダでは抗血小板抗体が作られることで、血小板が壊されます
  • 副腎皮質ステロイドには、免疫をおさえ抗体産生をおさえる作用があります。
  • 有効率  約80%と高いが、ステロイド減量に伴い血小板も減ります。
  • 効果 … 数日〜2, 3週間で血小板が増え始めます。
  • 使い方 … プレドニゾロン 10〜20 mg/日の少量で開始し、治療効果を見ながら5〜10 mg/日にゆっくり減らしていきます。
  • 副作用 … 高血圧、糖尿病、脂質異常症、感染症、骨粗鬆症、消化性潰瘍など

ピロリ菌の除菌はしていいの?

  • ITPの患者さんの約70%はピロリ菌の感染が認められます。
  • ピロリ菌を除菌すると、約半数の方は血小板が回復します。
  • しかし、除菌に使用する薬はお腹の中にいる赤ちゃんに影響する可能性があるため、出産後に除菌を行う事が推奨されています。
  • どうしても除菌が必要な場合は、赤ちゃんのカラダが作られる妊娠 8〜12週以降に行います。

4-2. 出産時

① 治療の目標

出産時は、子宮から胎盤がはがれるときに出血が起こります。また、帝王切開では子宮を切るため、自然分娩と比べて約2倍の出血が起こります。

よって、目標とする血小板数は自然分娩 5万 /μL以上帝王切開 8万 /μL以上と高めに設定します。

② 治療法

妊娠中の治療は、赤ちゃんに奇形などの影響のない副腎皮質ステロイドと免疫グロブリン大量療法に限られます。

上記の治療をしても血小板数が目標に達しない場合は、血小板輸血で対応します。

プレドニゾロン®︎(プレドニン)
  • ITPの患者さんのカラダでは抗血小板抗体が作られることで、血小板が壊されます
  • 副腎皮質ステロイドには、免疫をおさえ抗体産生をおさえる作用があります。
  • 有効率  約80%と高いが、ステロイド減量に伴い血小板も減ります。
  • 効果 … 数日〜2, 3週間で血小板が増え始めます。
  • 使い方 … プレドニゾロン 10〜20 mg/日の少量で開始し、治療効果を見ながら5〜10 mg/日にゆっくり減らしていきます。
  • 副作用 … 高血圧、糖尿病、脂質異常症、感染症、骨粗鬆症、消化性潰瘍など
免疫グロブリン大量療法
  • 免疫グロブリンとは、カラダの中にある抗体の主成分です。献血された血液などの免疫グロブリンから精製し、投与する治療法を免疫グロブリン大量療法といいます。
  • 有効率  約60%で10万 /μL以上になり、約80%で5万 /μL以上に血小板が増加します。
  • 効果  投与3日後から血小板がふえはじめ、7日後に最大になります。しかし、2〜3週間で血小板は元に戻ってします。
  • 使い方 … 計画分娩の場合は、出産予定日の1週間前から免疫グロブリン大量療法5日間、点滴投与を行います。
  • 副作用  頭痛やアレルギー反応など
濃厚血小板製剤(Platelet Concentrate : PC)
引用元:日本赤十字社
  • 血を止める働きをもつ血小板を献血によって採取したものです。
  • 血小板を補充することにより、血を止めるまたは出血を防ぎます。
  • 速やかに血小板数を上げることができますが、効果は一時的ですぐに元の数値に戻ってしまいます。基本的には、緊急時の対応となります。

5. 出産後の治療

無事に出産を終えたお母さんの血小板数は妊娠していない時と同じ、2〜3万 /μL以上あれば問題ありません。

しかし、出産後に出血が長引く場合は血小板輸血で対応します。また、出血量が多い場合は赤血球輸血も行います。

6. 赤ちゃんへの影響

ITPのお母さんから生まれる赤ちゃんの約10%が、血小板が5万/μL以下に少なくなると報告されています。これは、ITPの原因となる抗血小板抗体がお母さんから胎盤を通って赤ちゃんに伝わるためで、新生児血小板減少症といいます。 

新生児血小板減少症では出血に注意が必要で、約1%以下とまれですが脳出血を起こすことがあります。お母さんの抗血小板抗体陽性や過去に新生児血小板減少症の子供がいたり、脾摘後では発症のリスクが高いといわれています。 

出産の時に赤ちゃんを引っ張っる吸引分娩や器具を使った鉗子分娩などの処置は、避けた方がよいといわれています。

また、赤ちゃんの血小板数 3万 /μL以下の場合は、免疫グロブリン大量療法あるいは副腎皮質ステロイドの投与を考えます。 

治療中に母乳はあげてもいいの?

  • 副腎皮質ステロイドと免疫グロブリン大量療法中は、授乳しても問題ありません
    • 副腎皮質ステロイドは母乳移行が少量のため、授乳による赤ちゃんへの影響は少ないと考えられています。
    • 免疫グロブリン大量療法も大きな副作用はありません。
  • レボレード®︎ロミプレート®︎などは母乳へ移行し胎児に影響がでる可能性があるため、授乳をさけたほうが良いとされています。

7. 日常生活で気をつけるポイント

ITP合併妊娠では下記の点に気をつけながら、日常生活を送りましょう。

妊娠中は色々と不安になることが多いと思います。さらに、ITPを合併していることで、心配は尽きないと思います。そんな時は些細なことでもいいので、血液内科や産婦人科の先生になんでも聞いてください。母子ともに、無事に出産を乗り越えられるように祈っております。

  • 定期的な通院で、血小板数をチェックしましょう。
    • 血小板数は血液検査をしないとわからないので、症状がなくても確認が必要です。
  • 口や鼻の粘膜からの出血スネの点状の紫斑が認められた際は、すぐに病院を受診しましょう。
    • 上記の出血症状は、血小板数が低くなっている可能性があります。
  • 風邪をひかないように、手洗い、うがい、マスクを心がけましょう。
    • ウイルス感染症は急激な血小板減少をおこすことがあります。
  • バランスの良い食事適度な睡眠を心がけましょう
    • ステロイドは食欲を亢進させ、血糖値やコレステロール値、血圧を上げる副作用があります。食べ過ぎには注意が必要です。

参照:成人特発性血小板減少性紫斑病治療の参照ガイド 2019 改訂版妊娠合併特発性血小板減少性紫斑病診療の参照ガイド


最後まで読んでいただきありがとうございました。他の血液の病気についても解説しているので、別の記事も参考にしていただけると幸いです。お疲れ様でした。

つか
医師・医学博士。
専門はリウマチ膠原病内科と血液内科です。
これまで大学病院や訪問診療で、関節リウマチと血液疾患の患者さんの診断・治療・自宅療養のサポートをして参りました。
リウマチと血液疾患で悩む患者さんに、笑顔と安心を届けることが私の使命と考えています。
目次